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2013年9月29日日曜日

その後・・・

またまた随分とご無沙汰してしまいました。
まだ見て下さる人もいるかしら・・・と思いながら、細々とアクセスもあるようなので、
気まぐれブログですが、よろしければお付き合いください。

前回、子作り問題で記事を書きました(一難去ってまた一難)。
そして、その後ほどなく、妊娠がわかりました。

当時は終わりのない悩みに思えたのですが、結果から見ると、悩んでいた期間はそんなに長くなかったのかもしれません。前回は、悩みの最中だったこともあり、抽象的に書いてしまってわかりにくくなってしまいましたが、

妊娠を意識して一生懸命タイミングを取ろうと思っていたのに、
肝心なときにできなくなった

毎月ケンカでますます関係悪化

病院に相談に行って、どうしてもできなければ、医療の力を借りる選択肢も考え始める
とりあえず、お互いの体を検査

体は特に問題ないことがわかる
話し合いも重ねて、妊娠に執着しすぎたことを反省

気持ちが楽になって、夫婦関係がやっと普通に
・・・と思ったところで妊娠発覚

という感じでした。

今まで、色々うまくいかないことが多かったので、妊娠はいつまでも半信半疑だったのですが、
これまで苦労した分、このくらいはラッキーがあってもいいのかな、と、今は受け止めています。
このままうまく行けば、来年は3人家族になる予定です。

しかし、ここまでブログをほったらかしていたのには理由がありまして。
つわりが本当にひどかったのです!妊娠の喜びなど吹っ飛ぶほどに。。。

これについては、また追々書いていきます。
実は、まだ体調もそれほど良くないので、今まで以上にマイペース更新になりそうですが、
せっかく書くネタもできたので、ブログは続けていこうと思います(今度は本当に)。

2013年5月18日土曜日

一難去ってまた一難

随分ブログをサボってしまいました。
サボっている間に、ブログを始めて丸二年経ちました。

遠距離恋愛を経て夫と結婚したものの、外国人と日本で暮らすのは戸惑うことばかりだし、何より夫の仕事がなかなか見つからず、周りに相談もできず、この気持ちのもやもやを吐き出したい!と始めたブログでした。

その頃と比べると、生活は随分良くなりました。

夫の仕事はおかげさまで順調で、私の知らない間に(!)正社員になりました。
私にとってそうであるように、夫にとっても「仕事をする」ということは、社会から必要とされていると実感する場のようで、失いかけていた自尊心を取り戻し、どんどん日本社会に溶け込んで、元気に暮らしています。

私達の関係も、お互いのストレスが少なくなることで、随分良くなりました。夫自身が日本で自立できるようになってきたし、私も夫をうまくサポートしながら生活することに慣れてきたからです。そして昨年は、念願だった結婚式も挙げることができました。

と、前置きが長くなりましたが・・・

それでも、何もかもはうまくいかないのが、私達の宿命のようで。
題名どおり、一難去ってまた一難です。

おそらく今までで一番パーソナルな話題で、こんなことブログに書いてもいいものか悩みますが・・・問題の原因は「子供」。

生活基盤もできたし、結婚式もしたし、私もいい歳だし(ここ一番重要!)、「そろそろ子供が欲しいね。」と考え始めた私達。結婚式あたりから解禁して頑張るかー、という予定だったのです。が。

できなくなっちゃったんです、夫が。

色々理由はあると思います。
1)そもそも結婚後数年間、子供ができては困る状態で、私達の関係もいい時ばかりではなかったこともあり、(特に私が)夫婦関係をおざなりにしてきたこと
2)「子供が欲しい」となってから、きっちり体温を測り、タイミングを意識しすぎて、それが夫のプレッシャーになってしまったこと
あたりが、主なところでしょうか。

最初は、何が起こっているのか二人ともわからず、混乱して、それぞれ「相手のせいだ!!」と責め合っていました。時期が来ると期待して、でもうまくいかずにケンカして、一ヶ月を過ごす・・・みたいな。

子供のことを考え始めてからも、私達が子供ができるカップルかどうかはわからないし、結果をありのままに受け止めようと思っていました。でも、「期待すらできない」状態になるとは、正直思っていなかったので、かえって子供に固執する気持ちが強くなり、相手に対する不満が募りました。

こんなことを数ヶ月繰り返し、さすがにお互いすっかり疲れてしまい、もう少しちゃんと問題に取り組むことにしました。まず、お互いに相手を責めるのはやめること。子供のことは抜きにして、夫婦関係を改善する努力をすること。病院に行って第三者の意見を聞き、冷静になること。

小さな小さな努力でしたが、今の状況は随分改善しました。
本当に、このまま一生仲良くなれず、深い深い闇に落ちていってしまうかと心配しましたが、なんとか瀬戸際で踏みとどまれてよかったです。

私は、どうも精神的なつながりを重視して、物理的な関係を忘れがちなのですが、今回の一件で「夫婦関係を適当に考えてはいけない」ということを強く学びました。夫が、私が考えるよりずーっとずーっとナイーブだということも。。。

結局、子供のことはどうなるかまだわからない状態ですが、少なくとも、また普通の夫婦に戻れて、こうしてブログが書ける状態になったので、一安心です。

また、ぼちぼち書いていこうと思いますので、よろしくお願いします。

2012年4月14日土曜日

桜の木の下で

先週末は、お花見日和でしたね。
私達も、毎年恒例となった公園までお花見に行きました。

そして見事な桜を愛でながら、、、、、ケンカをしてしまいました。挙句の果てに、さようならーと、バラバラに帰宅。最近あまりケンカをしなくなっていたのですが、やっぱり私達の関係の本質はここ(ケンカ)にあるようで。。。残念な週末でした。

もめた原因は、夫の趣味。

私の夫は、趣味がいくつかあるのですが、それに対する「こだわり」が半端ないのです。その趣味のひとつが写真。なので、今回のお花見でももちろん、「写真を撮るぞー」と息巻いていました。

私、夫のこの趣味があまり好きではないのです。なぜなら、一緒に出かけても、写真を撮るのに一生懸命で、ちょっと冷めることがあるから。さらに、夫が好きなのは風景のポートレートで、人を撮らないため、私にしてみたら、二人の思い出にもならない代物なのです。私はもちろん思い出の写真は欲しいので、私達が出かけるときは、私が家族の思い出写真担当で、夫は好きな写真を撮っている、という感じでした。

先週私達が行ったのは桜の名所で、びっくりするほどの賑わいでした。夫がめずらしく、「二人で写真を撮ろうよ」と言ってきたので、いいねー、と賛同したものの、「夫のベストスポット」を探すのに一苦労。私も飽き飽きしてしまって、投げやりになってきました。そして、夫がやっと見つけてきたスポットには、これまたありえないほどの人だかり・・・。

イライラして私、「あんなに人が多いところは嫌だ。別のところを探そう。」と夫に言いました。だって、写真を撮りに来たのじゃないですもん、桜を見に来たのですもん。ここまでだって、写真を撮るために散々不要に歩き回っているのに。

まあ、ここまではよくあるやり取りなのですが。。。写真のこととなるとこだわりのある夫は、私の態度にプッツン切れまして。色々とすごーく嫌なことを言われました(思い出すのも嫌ですが)。そして、私も黙っている性格でもないので、「あんた、何様のつもり?!」・・・となって、バラバラ帰宅となったのでした。

今回のことで、夫は「こだわりのあるもの」について思い通りに行かないことがあると、短気になるのだなー、と気づきました。もともと気が長い方ではないのですが、プッツンスイッチは「こだわり」なんだな、と。

とは言え、私の周りには穏やかな人しかいませんし、「切れる」なんて到底受け入れられません。しかも、結婚して3年でこれに気付くなんて(結婚当初はこんなことなかった?)、夫が私に対して気を緩めて感情的になりすぎている証拠だ!と思いました。夫は、その日のうちに謝ってきたのですが、なんかイマイチ論点がずれていて、話し合う気にならず、冷戦に突入してしまいました。

夫は、無視されるのが一番嫌いなので、冷戦にはならないように頑張っているのですが、今回は何か色々腑に落ちなくて。だいぶ後になってやっと、夫がこだわりがある事について切れやすいと思うということと、そういうことで切れるのはおかしいよ。家族だからと言って、感情のままに当り散らしていいわけではない(だから怒ったんだよ)、ということを伝えたのですが、ちゃんと伝わったかな。。。

桜はこんなにキレイなのに、大人になってまでくだらないケンカはしたくないですね。反省。

2012年3月15日木曜日

一年。(2)

前回の続きです。前回の記事はこちら

私達はそれまで、何でも納得するまで話し合って解決してきました。育った環境が全く違う夫と結婚できると思ったのは、夫が、話し合いのできる相手だったからです。

しかし、この一連の出来事で、お互いが極限状態では、私達は冷静に話し合うこともできないし、それでいて、言わなくてもわかるほど通じてもいない、ということがわかりました。夫はやはり外国人で、信じるものや根底に流れているものが違うのだ、と思い知らされました。

夫の気持ちを理解して、すぐにでもアメリカに行けばよかったのかもしれません。でも、私にはそれができませんでした。夫には、「君は人生の優先順位を間違っている。命と社会的体裁とどちらが大切なんだ」と責められました。私が守りたかったのは社会的体裁だったのでしょうか。。。そう言われればそうなのかもしれません。でもあの時、自分だけ騒ぐのは何か違う気がしたし、自分なりに情報を集めて、自分の判断をしていました。それを、仕事人間と一言で片付けてしまった夫とは、感情的かもしれませんが、話はできないと思いました。

家に帰って夫と話すより、会社の同僚と不安に思うことを話す方がよっぽど気が休まるし、自分の考えが整理できました。その事実が、なんだかとても悲しかったです。

私の実家に帰った後も、夫ときちんと話し合うことはありませんでした。私は、結局パニックになった夫に押し切られた形で事が進んだことが納得できなかったし、夫は夫で思うところがあったのだと思います。それでも何度か話そうと試みましたが、結局お互い感情的になって、決裂しました。

こうして、私達の間では、震災、特に原発の話はタブーになりました。

もちろん、大切なことですので、お互い関心を持っています。ですが、二人で話し合って方向性を合わせようということができなくなりました。お互い個々人で考え、信じる道を進んでいくという感じです。そしてその道は、交われば交わるし、違えば平行線のままです。時々話には上りますが、お互い深い話はしないようにしている感じです。

本当は、理性を失うような重大な出来事の下でこそ、話し合って同じ方向を向いていける夫婦になりたいのです。でも私達はそうではありませんでした。結局、分かり合えなかったことを見なかったフリをして、今に至っています。

私が、夫にわかってもらいたかったのはなんだったのだろう、と考えると、今でもよくわかりません。それは、論理的でない国民感情なのかもしれません。そうだとすれば、きっと夫には一生わからないと思います。

震災から一年、様々な報道で改めて震災のことを考える日々でしたが、横で同じものを見聞きしているはずの夫とは、(この件に関しては)今でもどうしても距離を感じずにはいられません。

2012年3月14日水曜日

一年。(1)

あの震災から一年が経ちました。

震災について書くのは、迷いがあります。私は首都圏にいたものの、大きな被害はありませんでしたし、家族も被災地から遠く離れていて無事でした。あの日を境にすべてが変わってしまった人々に比べたら、つらいとは言えないからです。

ただ、個人的な目線で見ると、この震災は私にとって大きな出来事でした。外国人の夫のそばで、答えのない問題を突きつけられて、とてもつらかったのです。正直、今でも気持ちの整理はついていません。でも当時、同じように国際結婚をされている方のブログを読んで、「自分だけではなかった」と救われた気持ちになったことと、またこの先、いつか自分の気持ちの整理がつくことを願って、今思うことを書いておこうと思います。

※被災された方々への想いは、記事とは別に私の中にあるので、敢えて触れません。ここは自己中心的な内容になってしまいますが、趣旨をご理解いただければと思います。

地震が起きた当初、夫は初めての経験に戸惑っていたものの、とても冷静でした。当日こそお互い家には帰れませんでしたが(地震が起こったのは金曜日でした)、週末は「気持ちを落ち着けて、頑張って行こうね」というような話をしたのを覚えています。

風向きが怪しくなったのは、週が明けてからです。原発のニュースが、報道されるようになりました。

夫は、当時日本語学校に行っていましたが、地震により休校となり、ずっと家にいました。一方で私は、会社が休みになることはなく、通常通り出勤していました。

毎日家に一人で、することもなかった夫は、様々なニュースを読み漁っていたのだと思います。日が経つにつれて、ここに留まる不安を口にするようになりました。夫の友達はほとんどが帰国し、アメリカ大使館も日本に残ることへの注意を促していました。

私は、夫の不安を無視したわけではありません。ただ、自分も言いようのない不安に襲われて、夫の話を聞く余裕がありませんでした。夫の話は余計な不安を煽るような内容にしか聞こえませんでしたし、私は夫に、もっと気持ちを落ち着けてくれるような、そんな言葉を発してくれるのを期待していたのだと思います。

毎日言い争いでした。でも結局、お互いどこか踏み込めず、不安な気持ちを消化しきれないまま、まともな話し合いにはなりませんでした。

実は私たち、その次の週に一週間休暇を取って外国に行く予定でした。ですので、原発のことがあって、毎日ケンカ状態でも、「この一週間さえ乗り切ればなんとかなる」という思いが(少なくとも私の中には)ありました。

しかし、夫は木曜日に爆発しました。私が家に帰ると、「もうここにはいられない!」とパニック状態になっていました。私がこんな状態で仕事に行っているのを「バカな仕事人間だ」となじり、日本人はバカだとののしり、とにかく色々、否定されました。

私は正直、身の危険を感じました。そして、とりあえずここから離れないと夫はおさまらないと思いました。そして、金曜日に会社を早退し、私の両親の家に行くことを決めました。そのあと、土曜日に乗るはずだった飛行機とホテルをキャンセルしました。

それを決めて夫は落ち着きましたが、私にはなんとも言えない悲しい気持ちが、残りました。

長くなったので、(2)へ続きます。

2011年9月3日土曜日

真夏の争い

今年の夏は節電だったので、我が家の真夏の争いがひとつ減りました。
それは・・・エアコンの温度対決。

私の夫は暑がりで、放っておいたらエアコンの温度を18度か、それ以下に設定するのです。
私はというと、28-29度設定が最適設定です。

去年の夏は、クーラーの効きすぎた寒いオフィスから帰宅すると、自宅も底冷え・・・なんて事がしばしば。「何でこんなに寒くするのー!?」「でも暑いんだもん。」体感温度が違うのですね。夫の体に触ると、確かにいつも熱があるのかと思うくらいあったかいんです。夫は、「僕は寒い土地から来たから、夏に向いてないんだ」なんて言ってましたが、なるほどと思わせるくらいの体温(実際測ったわけではないのですが、私よりは確実に暖かい)。

とは言え、電気代もばかにならないので、なんとかお互い歩み寄り、我が家の設定温度は27度になりました。

が!それでも私の目を盗んで、こっそり設定温度を一度か二度下げてみたり、無駄な努力を続ける夫。私も常にエアコンの設定温度に目を光らせる・・・しょうもないバトルが続けられていたのでした。

でも、今年の夏は違いました。節電の影響で、毎年いつからつけるかで揉めるエアコンも(ちなみに去年は6月からつけたがっていた)、今年はぎりぎりまで我慢。7月も末になってから初めてつけました。しかも寝るときだけつけるようにして、設定温度は驚きの29度です。なんて快適なんでしょう~。なにより、いちいち揉めなくていいから嬉しい☆

夫も、無理をしているのかと言うと、そうではなく、暑さにある程度慣れてしまったそう。
人間はある程度適応能力が備わっているのでしょうか。日本に来て一年目の夏は、この蒸し暑さにすっかりやられていて、2年目はちょっとマシになって、3年目の今年は、エアコンなしでも過ごせるように。すごいですね。

代わりと言ってはなんですが、夫は冬の寒さにとことん弱くなってしまいました!
夫の地元は、雪こそそんなに降らないものの、冬はマイナス20度の極寒地帯。私も留学して初めて、「コートのフードってオシャレじゃなくて、かぶるためにあったんだ!」(じゃないと耳が凍る・・・)と発見した土地です。
以前、夫の地元の友達が日本に遊びに来たのですが、彼が真冬にフリースのみで外に出かけるのにもかかわらず、夫はダウンコートとマフラー完備。「なんだよ、こんなにあったかいの、冬でもないぜ」と言っている友達をよそに、「もう僕の体は日本に適応しちゃったんだよ・・・」と夫。今年の冬は夫の実家に帰省する予定ですが、どうなることやら。。。

夏のしょうもない争いが減って嬉しい私でしたが、冬が来ると「シャワーの温度」争いが始まります。夫はバカみたいに熱いシャワーが好きなのです。しかも無駄に長風呂(もとい、長シャワー)!!
夏は快適になりましたが、冬に向けて、すっかり寒さに弱くなった夫と、仁義なき戦いの始まりです。。。

2011年8月4日木曜日

会話のない夫婦

私の週末の楽しみは、夫とカフェに行ったり、ディナーに行ったりすることです。
何にも邪魔されず、二人向き合って会話をする時間が、すごく大切なのです。

と言うのも、私たち、普段は本当に会話のない夫婦なのです。。。

夫は、ゲームを含め、テクノロジー大好き人間。
情報を得るのもほとんどインターネットからなので、放っておいたら、一日中パソコンデスクの前でも苦にならないタイプです。

私も、一人で時間を過ごすのが好きです。
特に平日は、帰りが遅いため、家に帰ってから寝るまでは、自分の好きなことをして過ごしたいのです。
好きなことと言っても、テレビを見たり、インターネットしたりと、大したことではないのですが・・・とにかく一人でゆっくりしたい。

そういうわけで、平日の私たちといったら、帰宅→夕食→各々ばらばらに過ごす→寝る、という感じで、とても淡白なのです。

もちろん、夕食時に、今日あったことなどゆっくり話せばいいのですが、これもどうも盛り上がりません。
私は、仕事の愚痴を夫に話したくはないし、夫も就活中の身で、そうそう毎日新しいことが起こるわけではありません。今日は一日家事をしていたよ、なんて日もありますし。
ですので、「今日どうだったー?」「まぁ、ぼちぼち」なんて、中身のない言葉を交わした後は、各々の机へ・・・という具合。
そして、たまに二人で何かしようか、というときも、映画やドラマを見る(=結局会話なし!)ことが多いです。

あるとき、二人で背中を向けて会話をしない毎日に嫌気が差して、
「テレビやパソコンというデバイスに頼らなくても、楽しく過ごせるカップルになりたい!!!」
と言ってみました。
「そうだねぇ」と、なんとなく同意する夫。
ですが、やっぱり家だと、気づくとまた背中合わせに・・・。

こんな私たちなのですが、不思議と外に出ると、真っ当に会話ができるのです。
特に、外食して二人で向き合っていると、話したいことが色々出てくる・・・。
やっぱり、テレビとパソコンって、会話をするには害なんだなー、と思います。特に夫のようなパソコン中毒の人には。

このことに気づいてからは、何かと理由をつけては外に出かけて、お茶なりご飯なり、二人で過ごす時間を持つようにしています。
本当は、家の中でもこんな風に過ごせるといいのですが、そこはどうも意志の弱い二人です。。。

ちなみに、パソコンとテレビがなければ、絶対大丈夫かと言うとそうでもなくて、ケータイ電話も立派な妨害要素。
一緒に食事をしてる横で、写真を撮ったりSNSのチェックインしたり、「アナタは私と過ごす時間より、どこかの誰かに自分の食事や居場所を伝えることの方が大事なわけ?!!」とケンカになることもよくあります。
とりあえず、二人でいるときに電話をいじるのは禁止です。
ほんと、小学生みたいなルール。。。

みなさんは、旦那さんとたくさん会話しますか?

2011年6月25日土曜日

婚約指輪がしたい

みなさんは、婚約指輪を日常的に着けてますか?

私の経験では、
アメリカでは結婚指輪と婚約指輪をセットで
着けている人が多く、
日本では、一部の人がセットで着けているかなー
という印象です。

私自身は、婚約指輪も日常的に着けたいなーと思っています。
せっかくもらった大事なものだし、毎日着けて眺めたい。

しかし、私の婚約指輪はジュエリーボックスの中です。
登場するのは、お友達の結婚パーティーくらい・・・。

なぜ、こんなことになったのか。
実は、セットで着ける結婚指輪がないからです。
私たち、結婚して3年目なのに、
結婚指輪をしていないのです(泣)

そもそも、結婚式は二人の生活が
落ち着いてから、と考えていました。
落ち着く=夫の仕事が見つかり、
日本に二人の生活基盤ができる、だったので、
結婚式をしないまま、今まで経ってしまったのです。

結婚指輪を買うかということは、
夫が日本に来るときに考えました。
が、私たちは、結婚式は後日と考えていたため、
「指輪交換は新しい物でしたいよね~」
ということで、式をするときに買おう、ということに決めました。

結婚当初は、婚約指輪だけを着けていたのですが、
不思議なもので、婚約指輪だけを着けていると
「We've got engaged, yay!!(私たち、婚約したの!!はぁと)」的な
キャピキャピ感が漂う感じがして。。
結婚した後も、単品で着け続けるのに違和感があったのです。
※私個人の感覚です。

というわけで、さっさとはずしていまい、
「無事に結婚式ができたら、またお目見えね!!」
と、夫にプレッシャーをかけつつ、
ジュエリーボックスにしまったわけです。

夫の就職に、ここまで時間がかかるとは、
見立てが甘かったの一言です。。。
でもそもそも、結婚式は二人でするものだし、
私が面倒見るとかご勘弁!なので、
ここまで来たら、夫の就職まで待つことにします。
(何年後になっても、結婚式は挙げたいのです。。。)

私の婚約指輪の日常着けは何年後になるでしょうか。
近い未来でありますように!

2011年6月11日土曜日

家計の管理

全く気が早いのですが、共働きになったらどう家計を管理するのが良いか、
とよく考えます。

私たちは、結婚をする際に、銀行口座をひとつ開設しました。
私名義の口座です。
私は結婚後、お給料のうちの決まった金額(ほとんど全額ですが)を
新しく作った口座に入れるように変更し、我が家の生活費はそこから出ています。
夫は、お小遣い制です。

結婚前は、夫婦名義の口座を開設しよう、と思っていて、
もちろん日本にも共同名義の口座があるのかと思っていたのですが、
どうやらあまり一般的ではない様子。

自分のイメージでは、夫婦の口座はひとつ。
そこに全額入って、家計の支出/収入が一目瞭然、というのを想像していました。
しかし、夫婦の口座が私名義だと、そうはいきません。
(他人名義の口座にお給料は振り込めなさそうなので。)

そこで、「主な収入源は夫で、妻が家計を預かる」という、典型的な(?)日本家庭で
育った私は、一度、夫の財布を握る、こともやってみようと試みたのです。

と言うのも、夫は不定期ですが派遣で働いたりもしており、
一応日本に自分の口座があるんですね。
ですので、「あなたの通帳も私に預けて」、と言ってみたのです。

すると、夫、断固拒否。

「なんか、身包みはがされるようで嫌だ」と。
そのうえ、「二人の関係が壊れるようなことになって、通帳まで取り上げられていたら、
異国の地で不安だ。」と。
!!!

たとえ離婚ってことになったって、人の通帳取り上げて返さないほど鬼じゃないわ!
と言いたくなりましたが、まあ何事も可能性は0ではない。。。
夫の言い分を聞いて、結局、通帳は各自で管理、ということになりました。
まとまったお給料が入ったときは、二人の口座(私名義の)に入金する、
ということで、落ち着いています。

私の周りの共働きの同僚に聞くと、
結構このパターンの夫婦が多いです。
お互いの口座を持ちつつ、決まった金額を二人の生活費口座に入れる、
というパターンです。

これだと、へそくりし放題なんだよなー。
※かく言う私も、二人の口座にお給料全額入れているわけではなかったり(汗)。

家計は全部妻に預けて、お小遣い制って、日本特有のものなのでしょうか。
(それとも、私たちの信頼が薄すぎるのか。。。)
何か、もう少し家族として一体感の沸く管理のやり方はないものか。
悩みどころです。

・・・まあ、まだしばらくの期間は悩み続けられそうですが。

2011年5月19日木曜日

夫婦の節度

先日、夫が突然「Language Exchangeをする」、と言い出しました。

Language Exchangeとはすなわち、英語を勉強したい人と日本語を勉強したい人
が時間を共にして、お互いの言語を使ってお話しようというものです。
(言語は必ずしも日本語と英語でなくて良いですが。)

夫の日本語はまだまだですし、私たちの会話は99%が英語です。
ですので、日本語を話す機会を作りたいという気持ちはわかります。
が、Language Exchangeだぁー?

聞けば、女性のお友達と、毎週平日の夜に会って
カフェでお話をする、というではありませんか。
そのお友達、私も知っている人なのですが、なんかしっくり来ない。。。

「私、なんかあんまり気持ちのいい感じがしないんだけど、それ。」
「でも、あなたも知ってる友達だし、別に何も心配することないでしょ。
向こうも彼氏いるし。」
「何かあるとかないとかを疑っているわけじゃなくて・・・。」

要は、相手に対する思いやりだと思うのです。
毎週夜、話をするためだけに二人で会うって、気分的に嫌じゃないですか?
しかも、既婚男性なのに、どこか無責任というか。
自分のパートナーがどう考えるか、という想像力のない夫に、ちょっとがっかりしました。

結局、私の言い分でこの話は流れたのですが、結果的にやめさせたことが
正しかったのかどうか、少しもやもやしています。

相手の女性も、この話に乗り気だったのだから、
別に私がどう考えるかなんて気にしてないんだろうなぁ。
ということは、2対1で、私が神経質すぎるのかしら。

遊びに行ったり飲みに行ったりとかは、いいんです。
定期的に話すという目的で会う、というのに、ちょっと違和感を感じたのです。

そんな遊びみたいなことではなくて、さっさとバイトでも見つけて、
働きながら必死に覚えた方が上達するのに、、、と思うのは
私だけでしょうか。