夫が4月から、フルタイムで働くことになりました。扱いは正社員ではなく契約社員なので、アルバイトとどこまで違うのか・・・ですが、とりあえずはフルタイムのお仕事。やっと半分まで来たという感じです。
会社専属の英語講師になったので、これからは社会人相手に英語を教えることになります。英語学校ではないので、後々は英語講師以外のこともするようですが、そのあたりはまだよくわかっていません。
このブログ、「外国人の仕事が決まらない」関連の検索でたどり着いてくださる方が多いので、役立つことが書けるといいなーと思ったのですが、結局夫の場合、ハローワークや人材紹介などの就職活動では定期的な仕事には結びつかず、最終的には知り合いのコネで仕事が決まった感じになりました。仕事がもらえる具合で言うと、「ハローワーク < 人材紹介会社 < コネ」ですね(こう書くと悲しいものがありますが)。
1)ハローワーク
以前の記事(こちら)で詳しく書きましたが、投資した時間の割に、あまり身になる紹介はしてもらえませんでした。面接までたどり着いたのが一社くらいですかね。英語教師のアルバイトであれば、もう少し役に立つ紹介をしてもらえたのかもしれませんが、なぜかあちらが夫の前職にこだわり、あまり紹介はしてもらえませんでした(基本的に、担当の方とは日本語で話すので、夫と職員の方とのコミュニケーションがうまくいかなかっただけかもしれませんが)。
2)人材紹介会社
夫は、外資系の人材紹介会社にいくつか登録していました。これは、自分で企業に直接応募するよりも面接→採用までたどり着く可能性が高く、(残念ながら就職までは至らなかったものの)役に立った就職活動でした。外資系の人材紹介会社に登録していたので、担当の方とは英語で、細かいところまで話せるのも良かったです。
夫の場合、正社員のオファーはなかなか紹介されず、ほとんどが短期(数ヶ月単位)の派遣ポジションでした。ただ、短期派遣で何ヶ月か働いたあと、タイミングが合えば年単位の長期派遣、その後うまく行けば正社員という風に進めそうな仕事もいくつかあったので(夫は残念ながら長期派遣の面接でダメになってしまいましたが)、根気良く続けていれば、仕事につながりそうな気がしました。
ここで紹介してもらった数々の会社で就職が決まらなかったのは、主に夫の日本語能力が低かったからかなーと思っています。いくら外資系企業のお仕事でも、一緒に働く人もお客さんも、半分は日本人なのですから、日本語能力は必要です。面接も、英語と日本語と両方でというパターンが多かったようです。
3)コネ
これは、知り合いにひたすら、「仕事を探しています」と言うだけです。地道な努力ですが、中身を具体的に話せば、運も開けていくのかなー、と思いました。欲を言えば、夫の方でもう少し外国人ネットワークがあれば良かったのですが、夫のように無職の人は、「仕事をしている外国人」と知り合うのが難しかったように思います。日本語学校には平日昼間に通っていたので、そこで会うのは、学生か奥様か、という感じだったのです。私も、同僚に外国人はいなかったです。そこができていれば、もう少し早く決まっていたのかもしれません。
先日、仕事を始める夫に、改めて「ありがとう」と言われました。「強くいてくれて、ありがとう」と。いつも、他の人に私の好きなところを聞かれたとき、「一緒に旅行とか、何かするのが楽しい」と言う夫。いや、それ別に夫婦でなくてもいいじゃん、、、と密かにがっかりしていたのですが、このときは夫が、「日本で、夫が働いてなくて、妻が養っているという状況が、どれだけ奇異の目で見られて、やりにくいことかわかっていた。それでも、stay strongで、根気よく応援してくれて、どうもありがとう。」と言いました。
「うん、まだゴールじゃないけどね。」と心の中で思いつつも、ちゃんと気持ちは伝わっていたんだなーと、嬉しくなった夜でした。
まだ道半ばですが、これからも二人で頑張ります。
※仕事が決まらないシリーズは、こちらにまとめています。
2012年4月15日日曜日
2012年4月14日土曜日
桜の木の下で
先週末は、お花見日和でしたね。
私達も、毎年恒例となった公園までお花見に行きました。
そして見事な桜を愛でながら、、、、、ケンカをしてしまいました。挙句の果てに、さようならーと、バラバラに帰宅。最近あまりケンカをしなくなっていたのですが、やっぱり私達の関係の本質はここ(ケンカ)にあるようで。。。残念な週末でした。
もめた原因は、夫の趣味。
私の夫は、趣味がいくつかあるのですが、それに対する「こだわり」が半端ないのです。その趣味のひとつが写真。なので、今回のお花見でももちろん、「写真を撮るぞー」と息巻いていました。
私、夫のこの趣味があまり好きではないのです。なぜなら、一緒に出かけても、写真を撮るのに一生懸命で、ちょっと冷めることがあるから。さらに、夫が好きなのは風景のポートレートで、人を撮らないため、私にしてみたら、二人の思い出にもならない代物なのです。私はもちろん思い出の写真は欲しいので、私達が出かけるときは、私が家族の思い出写真担当で、夫は好きな写真を撮っている、という感じでした。
先週私達が行ったのは桜の名所で、びっくりするほどの賑わいでした。夫がめずらしく、「二人で写真を撮ろうよ」と言ってきたので、いいねー、と賛同したものの、「夫のベストスポット」を探すのに一苦労。私も飽き飽きしてしまって、投げやりになってきました。そして、夫がやっと見つけてきたスポットには、これまたありえないほどの人だかり・・・。
イライラして私、「あんなに人が多いところは嫌だ。別のところを探そう。」と夫に言いました。だって、写真を撮りに来たのじゃないですもん、桜を見に来たのですもん。ここまでだって、写真を撮るために散々不要に歩き回っているのに。
まあ、ここまではよくあるやり取りなのですが。。。写真のこととなるとこだわりのある夫は、私の態度にプッツン切れまして。色々とすごーく嫌なことを言われました(思い出すのも嫌ですが)。そして、私も黙っている性格でもないので、「あんた、何様のつもり?!」・・・となって、バラバラ帰宅となったのでした。
今回のことで、夫は「こだわりのあるもの」について思い通りに行かないことがあると、短気になるのだなー、と気づきました。もともと気が長い方ではないのですが、プッツンスイッチは「こだわり」なんだな、と。
とは言え、私の周りには穏やかな人しかいませんし、「切れる」なんて到底受け入れられません。しかも、結婚して3年でこれに気付くなんて(結婚当初はこんなことなかった?)、夫が私に対して気を緩めて感情的になりすぎている証拠だ!と思いました。夫は、その日のうちに謝ってきたのですが、なんかイマイチ論点がずれていて、話し合う気にならず、冷戦に突入してしまいました。
夫は、無視されるのが一番嫌いなので、冷戦にはならないように頑張っているのですが、今回は何か色々腑に落ちなくて。だいぶ後になってやっと、夫がこだわりがある事について切れやすいと思うということと、そういうことで切れるのはおかしいよ。家族だからと言って、感情のままに当り散らしていいわけではない(だから怒ったんだよ)、ということを伝えたのですが、ちゃんと伝わったかな。。。
桜はこんなにキレイなのに、大人になってまでくだらないケンカはしたくないですね。反省。
私達も、毎年恒例となった公園までお花見に行きました。
そして見事な桜を愛でながら、、、、、ケンカをしてしまいました。挙句の果てに、さようならーと、バラバラに帰宅。最近あまりケンカをしなくなっていたのですが、やっぱり私達の関係の本質はここ(ケンカ)にあるようで。。。残念な週末でした。
もめた原因は、夫の趣味。
私の夫は、趣味がいくつかあるのですが、それに対する「こだわり」が半端ないのです。その趣味のひとつが写真。なので、今回のお花見でももちろん、「写真を撮るぞー」と息巻いていました。
私、夫のこの趣味があまり好きではないのです。なぜなら、一緒に出かけても、写真を撮るのに一生懸命で、ちょっと冷めることがあるから。さらに、夫が好きなのは風景のポートレートで、人を撮らないため、私にしてみたら、二人の思い出にもならない代物なのです。私はもちろん思い出の写真は欲しいので、私達が出かけるときは、私が家族の思い出写真担当で、夫は好きな写真を撮っている、という感じでした。
先週私達が行ったのは桜の名所で、びっくりするほどの賑わいでした。夫がめずらしく、「二人で写真を撮ろうよ」と言ってきたので、いいねー、と賛同したものの、「夫のベストスポット」を探すのに一苦労。私も飽き飽きしてしまって、投げやりになってきました。そして、夫がやっと見つけてきたスポットには、これまたありえないほどの人だかり・・・。
イライラして私、「あんなに人が多いところは嫌だ。別のところを探そう。」と夫に言いました。だって、写真を撮りに来たのじゃないですもん、桜を見に来たのですもん。ここまでだって、写真を撮るために散々不要に歩き回っているのに。
まあ、ここまではよくあるやり取りなのですが。。。写真のこととなるとこだわりのある夫は、私の態度にプッツン切れまして。色々とすごーく嫌なことを言われました(思い出すのも嫌ですが)。そして、私も黙っている性格でもないので、「あんた、何様のつもり?!」・・・となって、バラバラ帰宅となったのでした。
今回のことで、夫は「こだわりのあるもの」について思い通りに行かないことがあると、短気になるのだなー、と気づきました。もともと気が長い方ではないのですが、プッツンスイッチは「こだわり」なんだな、と。
とは言え、私の周りには穏やかな人しかいませんし、「切れる」なんて到底受け入れられません。しかも、結婚して3年でこれに気付くなんて(結婚当初はこんなことなかった?)、夫が私に対して気を緩めて感情的になりすぎている証拠だ!と思いました。夫は、その日のうちに謝ってきたのですが、なんかイマイチ論点がずれていて、話し合う気にならず、冷戦に突入してしまいました。
夫は、無視されるのが一番嫌いなので、冷戦にはならないように頑張っているのですが、今回は何か色々腑に落ちなくて。だいぶ後になってやっと、夫がこだわりがある事について切れやすいと思うということと、そういうことで切れるのはおかしいよ。家族だからと言って、感情のままに当り散らしていいわけではない(だから怒ったんだよ)、ということを伝えたのですが、ちゃんと伝わったかな。。。
桜はこんなにキレイなのに、大人になってまでくだらないケンカはしたくないですね。反省。
2012年3月31日土曜日
空耳アワー
久しぶりにディナーに行こうと思い、夫にレストランをリサーチしてもらっていたところ、夫が面白い表現を見つけてきました。
夫が見ていたのは、日本のレストランが紹介されている外国人用のサイト。表記は英語です。そして、あるレストランの地図の横に書いてあったフレーズが、これ。
Cheese no arc eye mark no restaurant on egg ice she must.
声に出して読んでみてください。ある「日本語のフレーズ」なんですけど、わかりますか?私は、最初夫に「これ見てー。」と言われたとき、「チーズの・・・何??」となってしまったんですけど。
正解は・・・
夫が見ていたのは、日本のレストランが紹介されている外国人用のサイト。表記は英語です。そして、あるレストランの地図の横に書いてあったフレーズが、これ。
Cheese no arc eye mark no restaurant on egg ice she must.
声に出して読んでみてください。ある「日本語のフレーズ」なんですけど、わかりますか?私は、最初夫に「これ見てー。」と言われたとき、「チーズの・・・何??」となってしまったんですけど。
正解は・・・
2012年3月28日水曜日
結婚制度のギモン
夫の収入が(低いながらも)安定してきたので、そろそろ結婚式をしようか、と思っています。
日本の生活が落ち着いてから結婚式をしようと思っていた私達。結局入籍から3年も経ってしまいましたが、やっぱり「人生の節目として式を挙げておきたい」と思うのと、夫家族の宗教的理由(教会で式を挙げて欲しい)からです。
今のところ、挙式の候補地のナンバー1は、ハワイ。高校生の時から私の憧れの場所だったことに加えて、何の縁かアメリカ人と結婚・・・日本とアメリカ本土のちょうど真ん中!ってことで、都合がいいのです。そういうわけで、雑誌やネットで色々と調べ始めたのですが、、、ふと結婚制度について、素朴な疑問が沸いてきました。
その疑問とは、「日本での婚姻(ビザの申請したことない人)は、どういう風にアメリカで認定されているの?」というもの。
そもそもは、夫が「ハワイでマリッジライセンスを取得しなきゃ」と言ってきたことでした。
私はすかさず、「マリッジライセンスなんて必要ないよ。日本での婚姻はアメリカでも認められるんだから(ここは、結婚するときに調べました)。アメリカでも法的に結婚したら、2回結婚することになっちゃう。」と返答。夫は、「そうなんだー。」とすぐに納得しました。
が、ここで疑問が。
日本で結婚し、日本に住んでいる私達。私はビザの申請もしていないため、アメリカ大使館に婚姻証明を提出したことがありません。こういう場合、夫がマリッジライセンスをアメリカで取得しようとしたら(ひいては結婚手続きまで)、できるんじゃないの?と。
私達が、積極的にアメリカの行政に婚姻証明をしない限り、アメリカで私達が結婚しているという情報はどこにもないような気がします。ということは、日本で結婚しながら、アメリカで他の人と結婚することが可能・・・?まさかねぇ。それとも、アメリカ大使館から婚姻要件具備証明書を取得したことで何かわかるようになっているのか、、、よくわかりません。
幸い、夫がアメリカで他の人と結婚したいわけでもないので、とりあえず私達はハワイでリーガルウェディングは必要ないってことで話をしているんですけど、この疑問の真相や、いかに。
蛇足ですが、リーガルウェディングでなくても、宗教的に「教会で式を挙げる」意味を成すのかどうかについても、少し心配しています。私は特定の信仰宗教がないので、こういう話に疎いのです。
ハワイは日本人に人気のウェディングスポットなので、宗派でない人にも結婚式をさせてくれる教会が多いようですが、「blessing」と呼ばれるお祝いの儀式で、法的な結婚式ではないようです。日本で入籍済みの私達も、おそらくそういう形式で行うことになると思うのですが、それが夫の家族の納得してくれるものだといいのですが。特に夫の祖母にとって、宗派の教会で式を挙げることが大事なようなので、気になります。
※結果的に法的な内容も含んでしまいましたが、私の素朴な疑問(答えは不明)について書いていますので、内容の正確さに責任は持てません。すみませんが、必要な情報は御自身で調べていただきますよう、お願いいたしますm(_ _)m
日本の生活が落ち着いてから結婚式をしようと思っていた私達。結局入籍から3年も経ってしまいましたが、やっぱり「人生の節目として式を挙げておきたい」と思うのと、夫家族の宗教的理由(教会で式を挙げて欲しい)からです。
今のところ、挙式の候補地のナンバー1は、ハワイ。高校生の時から私の憧れの場所だったことに加えて、何の縁かアメリカ人と結婚・・・日本とアメリカ本土のちょうど真ん中!ってことで、都合がいいのです。そういうわけで、雑誌やネットで色々と調べ始めたのですが、、、ふと結婚制度について、素朴な疑問が沸いてきました。
その疑問とは、「日本での婚姻(ビザの申請したことない人)は、どういう風にアメリカで認定されているの?」というもの。
そもそもは、夫が「ハワイでマリッジライセンスを取得しなきゃ」と言ってきたことでした。
私はすかさず、「マリッジライセンスなんて必要ないよ。日本での婚姻はアメリカでも認められるんだから(ここは、結婚するときに調べました)。アメリカでも法的に結婚したら、2回結婚することになっちゃう。」と返答。夫は、「そうなんだー。」とすぐに納得しました。
が、ここで疑問が。
日本で結婚し、日本に住んでいる私達。私はビザの申請もしていないため、アメリカ大使館に婚姻証明を提出したことがありません。こういう場合、夫がマリッジライセンスをアメリカで取得しようとしたら(ひいては結婚手続きまで)、できるんじゃないの?と。
私達が、積極的にアメリカの行政に婚姻証明をしない限り、アメリカで私達が結婚しているという情報はどこにもないような気がします。ということは、日本で結婚しながら、アメリカで他の人と結婚することが可能・・・?まさかねぇ。それとも、アメリカ大使館から婚姻要件具備証明書を取得したことで何かわかるようになっているのか、、、よくわかりません。
幸い、夫がアメリカで他の人と結婚したいわけでもないので、とりあえず私達はハワイでリーガルウェディングは必要ないってことで話をしているんですけど、この疑問の真相や、いかに。
蛇足ですが、リーガルウェディングでなくても、宗教的に「教会で式を挙げる」意味を成すのかどうかについても、少し心配しています。私は特定の信仰宗教がないので、こういう話に疎いのです。
ハワイは日本人に人気のウェディングスポットなので、宗派でない人にも結婚式をさせてくれる教会が多いようですが、「blessing」と呼ばれるお祝いの儀式で、法的な結婚式ではないようです。日本で入籍済みの私達も、おそらくそういう形式で行うことになると思うのですが、それが夫の家族の納得してくれるものだといいのですが。特に夫の祖母にとって、宗派の教会で式を挙げることが大事なようなので、気になります。
※結果的に法的な内容も含んでしまいましたが、私の素朴な疑問(答えは不明)について書いていますので、内容の正確さに責任は持てません。すみませんが、必要な情報は御自身で調べていただきますよう、お願いいたしますm(_ _)m
2012年3月20日火曜日
ジャンケン
私の夫は、英語の先生のアルバイトをしています。
生徒さんは、幼稚園から小学校までの小さな子供達。普段私達は、子供達と触れ合うことはない環境なので、色々と発見があるらしく、驚いたことなどをよく報告してくれます。
その中で面白かったのが、ジャンケンに関する子供達の態度の違い。
子供ですので、おもちゃや遊ぶ順番など、しょっちゅうケンカになるらしく、そこで万能なのが、「ジャンケン」だそうです。「ジャンケンをして決めると、驚くことに、みんな素直に結果に従うんだよねー。何でもジャンケンで決めちゃうよ。」と夫。
聞くとアメリカでは(少なくとも夫の経験では)、ジャンケンをして結果が出ても、そのあとも「でもでも」と自己主張が始まり、結果を素直に受け入れないそうです。だからジャンケンは、決して万能ではない。でも夫の学校の生徒さんは、ジャンケンで一度結果が出ると、みんなそれを受け入れて、ケンカが収まるのだとか。
確かに日本人って、「運命をありのままに受け入れる」という考えが、少なからず根本にある気がします(宗教や文化的な要因が関係しているのかな)。また、「責任の所在を明らかにしないことによって、全員が幸せになる」というのもよくあるパターンな気がします。このどちらも満たしているのが、実はジャンケンですよね。まぁ、そこまで大げさには考えないにしても、最終的に「ジャンケンで決めようぜ」というのは、大人になってからもよくあることです。
でも確かに、私と夫は、小さなことでもジャンケンで決めたことはないかもしれません。なんでも話し合いになってしまう。。。これは相手がアメリカ人だからではなく、夫婦だからかもしれませんが。
それにしても、夫の話を聞いて、こんなに小さな子供のときから、そういう(お国柄の?)違いが出るのって、面白いなーと思いました。
私は、もともと議論や衝突を避けたい性質があるため、アメリカでも、夫と話していても、意識して自己主張をしなければならず、とっても苦労します。もし、環境次第で「自然に自己主張」できる性格になれるんだったら、そうなりたかったなー、なんて。
生徒さんは、幼稚園から小学校までの小さな子供達。普段私達は、子供達と触れ合うことはない環境なので、色々と発見があるらしく、驚いたことなどをよく報告してくれます。
その中で面白かったのが、ジャンケンに関する子供達の態度の違い。
子供ですので、おもちゃや遊ぶ順番など、しょっちゅうケンカになるらしく、そこで万能なのが、「ジャンケン」だそうです。「ジャンケンをして決めると、驚くことに、みんな素直に結果に従うんだよねー。何でもジャンケンで決めちゃうよ。」と夫。
聞くとアメリカでは(少なくとも夫の経験では)、ジャンケンをして結果が出ても、そのあとも「でもでも」と自己主張が始まり、結果を素直に受け入れないそうです。だからジャンケンは、決して万能ではない。でも夫の学校の生徒さんは、ジャンケンで一度結果が出ると、みんなそれを受け入れて、ケンカが収まるのだとか。
確かに日本人って、「運命をありのままに受け入れる」という考えが、少なからず根本にある気がします(宗教や文化的な要因が関係しているのかな)。また、「責任の所在を明らかにしないことによって、全員が幸せになる」というのもよくあるパターンな気がします。このどちらも満たしているのが、実はジャンケンですよね。まぁ、そこまで大げさには考えないにしても、最終的に「ジャンケンで決めようぜ」というのは、大人になってからもよくあることです。
でも確かに、私と夫は、小さなことでもジャンケンで決めたことはないかもしれません。なんでも話し合いになってしまう。。。これは相手がアメリカ人だからではなく、夫婦だからかもしれませんが。
それにしても、夫の話を聞いて、こんなに小さな子供のときから、そういう(お国柄の?)違いが出るのって、面白いなーと思いました。
私は、もともと議論や衝突を避けたい性質があるため、アメリカでも、夫と話していても、意識して自己主張をしなければならず、とっても苦労します。もし、環境次第で「自然に自己主張」できる性格になれるんだったら、そうなりたかったなー、なんて。
2012年3月15日木曜日
一年。(2)
前回の続きです。前回の記事はこちら
私達はそれまで、何でも納得するまで話し合って解決してきました。育った環境が全く違う夫と結婚できると思ったのは、夫が、話し合いのできる相手だったからです。
しかし、この一連の出来事で、お互いが極限状態では、私達は冷静に話し合うこともできないし、それでいて、言わなくてもわかるほど通じてもいない、ということがわかりました。夫はやはり外国人で、信じるものや根底に流れているものが違うのだ、と思い知らされました。
夫の気持ちを理解して、すぐにでもアメリカに行けばよかったのかもしれません。でも、私にはそれができませんでした。夫には、「君は人生の優先順位を間違っている。命と社会的体裁とどちらが大切なんだ」と責められました。私が守りたかったのは社会的体裁だったのでしょうか。。。そう言われればそうなのかもしれません。でもあの時、自分だけ騒ぐのは何か違う気がしたし、自分なりに情報を集めて、自分の判断をしていました。それを、仕事人間と一言で片付けてしまった夫とは、感情的かもしれませんが、話はできないと思いました。
家に帰って夫と話すより、会社の同僚と不安に思うことを話す方がよっぽど気が休まるし、自分の考えが整理できました。その事実が、なんだかとても悲しかったです。
私の実家に帰った後も、夫ときちんと話し合うことはありませんでした。私は、結局パニックになった夫に押し切られた形で事が進んだことが納得できなかったし、夫は夫で思うところがあったのだと思います。それでも何度か話そうと試みましたが、結局お互い感情的になって、決裂しました。
こうして、私達の間では、震災、特に原発の話はタブーになりました。
もちろん、大切なことですので、お互い関心を持っています。ですが、二人で話し合って方向性を合わせようということができなくなりました。お互い個々人で考え、信じる道を進んでいくという感じです。そしてその道は、交われば交わるし、違えば平行線のままです。時々話には上りますが、お互い深い話はしないようにしている感じです。
本当は、理性を失うような重大な出来事の下でこそ、話し合って同じ方向を向いていける夫婦になりたいのです。でも私達はそうではありませんでした。結局、分かり合えなかったことを見なかったフリをして、今に至っています。
私が、夫にわかってもらいたかったのはなんだったのだろう、と考えると、今でもよくわかりません。それは、論理的でない国民感情なのかもしれません。そうだとすれば、きっと夫には一生わからないと思います。
震災から一年、様々な報道で改めて震災のことを考える日々でしたが、横で同じものを見聞きしているはずの夫とは、(この件に関しては)今でもどうしても距離を感じずにはいられません。
私達はそれまで、何でも納得するまで話し合って解決してきました。育った環境が全く違う夫と結婚できると思ったのは、夫が、話し合いのできる相手だったからです。
しかし、この一連の出来事で、お互いが極限状態では、私達は冷静に話し合うこともできないし、それでいて、言わなくてもわかるほど通じてもいない、ということがわかりました。夫はやはり外国人で、信じるものや根底に流れているものが違うのだ、と思い知らされました。
夫の気持ちを理解して、すぐにでもアメリカに行けばよかったのかもしれません。でも、私にはそれができませんでした。夫には、「君は人生の優先順位を間違っている。命と社会的体裁とどちらが大切なんだ」と責められました。私が守りたかったのは社会的体裁だったのでしょうか。。。そう言われればそうなのかもしれません。でもあの時、自分だけ騒ぐのは何か違う気がしたし、自分なりに情報を集めて、自分の判断をしていました。それを、仕事人間と一言で片付けてしまった夫とは、感情的かもしれませんが、話はできないと思いました。
家に帰って夫と話すより、会社の同僚と不安に思うことを話す方がよっぽど気が休まるし、自分の考えが整理できました。その事実が、なんだかとても悲しかったです。
私の実家に帰った後も、夫ときちんと話し合うことはありませんでした。私は、結局パニックになった夫に押し切られた形で事が進んだことが納得できなかったし、夫は夫で思うところがあったのだと思います。それでも何度か話そうと試みましたが、結局お互い感情的になって、決裂しました。
こうして、私達の間では、震災、特に原発の話はタブーになりました。
もちろん、大切なことですので、お互い関心を持っています。ですが、二人で話し合って方向性を合わせようということができなくなりました。お互い個々人で考え、信じる道を進んでいくという感じです。そしてその道は、交われば交わるし、違えば平行線のままです。時々話には上りますが、お互い深い話はしないようにしている感じです。
本当は、理性を失うような重大な出来事の下でこそ、話し合って同じ方向を向いていける夫婦になりたいのです。でも私達はそうではありませんでした。結局、分かり合えなかったことを見なかったフリをして、今に至っています。
私が、夫にわかってもらいたかったのはなんだったのだろう、と考えると、今でもよくわかりません。それは、論理的でない国民感情なのかもしれません。そうだとすれば、きっと夫には一生わからないと思います。
震災から一年、様々な報道で改めて震災のことを考える日々でしたが、横で同じものを見聞きしているはずの夫とは、(この件に関しては)今でもどうしても距離を感じずにはいられません。
2012年3月14日水曜日
一年。(1)
あの震災から一年が経ちました。
震災について書くのは、迷いがあります。私は首都圏にいたものの、大きな被害はありませんでしたし、家族も被災地から遠く離れていて無事でした。あの日を境にすべてが変わってしまった人々に比べたら、つらいとは言えないからです。
ただ、個人的な目線で見ると、この震災は私にとって大きな出来事でした。外国人の夫のそばで、答えのない問題を突きつけられて、とてもつらかったのです。正直、今でも気持ちの整理はついていません。でも当時、同じように国際結婚をされている方のブログを読んで、「自分だけではなかった」と救われた気持ちになったことと、またこの先、いつか自分の気持ちの整理がつくことを願って、今思うことを書いておこうと思います。
※被災された方々への想いは、記事とは別に私の中にあるので、敢えて触れません。ここは自己中心的な内容になってしまいますが、趣旨をご理解いただければと思います。
地震が起きた当初、夫は初めての経験に戸惑っていたものの、とても冷静でした。当日こそお互い家には帰れませんでしたが(地震が起こったのは金曜日でした)、週末は「気持ちを落ち着けて、頑張って行こうね」というような話をしたのを覚えています。
風向きが怪しくなったのは、週が明けてからです。原発のニュースが、報道されるようになりました。
夫は、当時日本語学校に行っていましたが、地震により休校となり、ずっと家にいました。一方で私は、会社が休みになることはなく、通常通り出勤していました。
毎日家に一人で、することもなかった夫は、様々なニュースを読み漁っていたのだと思います。日が経つにつれて、ここに留まる不安を口にするようになりました。夫の友達はほとんどが帰国し、アメリカ大使館も日本に残ることへの注意を促していました。
私は、夫の不安を無視したわけではありません。ただ、自分も言いようのない不安に襲われて、夫の話を聞く余裕がありませんでした。夫の話は余計な不安を煽るような内容にしか聞こえませんでしたし、私は夫に、もっと気持ちを落ち着けてくれるような、そんな言葉を発してくれるのを期待していたのだと思います。
毎日言い争いでした。でも結局、お互いどこか踏み込めず、不安な気持ちを消化しきれないまま、まともな話し合いにはなりませんでした。
実は私たち、その次の週に一週間休暇を取って外国に行く予定でした。ですので、原発のことがあって、毎日ケンカ状態でも、「この一週間さえ乗り切ればなんとかなる」という思いが(少なくとも私の中には)ありました。
しかし、夫は木曜日に爆発しました。私が家に帰ると、「もうここにはいられない!」とパニック状態になっていました。私がこんな状態で仕事に行っているのを「バカな仕事人間だ」となじり、日本人はバカだとののしり、とにかく色々、否定されました。
私は正直、身の危険を感じました。そして、とりあえずここから離れないと夫はおさまらないと思いました。そして、金曜日に会社を早退し、私の両親の家に行くことを決めました。そのあと、土曜日に乗るはずだった飛行機とホテルをキャンセルしました。
それを決めて夫は落ち着きましたが、私にはなんとも言えない悲しい気持ちが、残りました。
長くなったので、(2)へ続きます。
震災について書くのは、迷いがあります。私は首都圏にいたものの、大きな被害はありませんでしたし、家族も被災地から遠く離れていて無事でした。あの日を境にすべてが変わってしまった人々に比べたら、つらいとは言えないからです。
ただ、個人的な目線で見ると、この震災は私にとって大きな出来事でした。外国人の夫のそばで、答えのない問題を突きつけられて、とてもつらかったのです。正直、今でも気持ちの整理はついていません。でも当時、同じように国際結婚をされている方のブログを読んで、「自分だけではなかった」と救われた気持ちになったことと、またこの先、いつか自分の気持ちの整理がつくことを願って、今思うことを書いておこうと思います。
※被災された方々への想いは、記事とは別に私の中にあるので、敢えて触れません。ここは自己中心的な内容になってしまいますが、趣旨をご理解いただければと思います。
地震が起きた当初、夫は初めての経験に戸惑っていたものの、とても冷静でした。当日こそお互い家には帰れませんでしたが(地震が起こったのは金曜日でした)、週末は「気持ちを落ち着けて、頑張って行こうね」というような話をしたのを覚えています。
風向きが怪しくなったのは、週が明けてからです。原発のニュースが、報道されるようになりました。
夫は、当時日本語学校に行っていましたが、地震により休校となり、ずっと家にいました。一方で私は、会社が休みになることはなく、通常通り出勤していました。
毎日家に一人で、することもなかった夫は、様々なニュースを読み漁っていたのだと思います。日が経つにつれて、ここに留まる不安を口にするようになりました。夫の友達はほとんどが帰国し、アメリカ大使館も日本に残ることへの注意を促していました。
私は、夫の不安を無視したわけではありません。ただ、自分も言いようのない不安に襲われて、夫の話を聞く余裕がありませんでした。夫の話は余計な不安を煽るような内容にしか聞こえませんでしたし、私は夫に、もっと気持ちを落ち着けてくれるような、そんな言葉を発してくれるのを期待していたのだと思います。
毎日言い争いでした。でも結局、お互いどこか踏み込めず、不安な気持ちを消化しきれないまま、まともな話し合いにはなりませんでした。
実は私たち、その次の週に一週間休暇を取って外国に行く予定でした。ですので、原発のことがあって、毎日ケンカ状態でも、「この一週間さえ乗り切ればなんとかなる」という思いが(少なくとも私の中には)ありました。
しかし、夫は木曜日に爆発しました。私が家に帰ると、「もうここにはいられない!」とパニック状態になっていました。私がこんな状態で仕事に行っているのを「バカな仕事人間だ」となじり、日本人はバカだとののしり、とにかく色々、否定されました。
私は正直、身の危険を感じました。そして、とりあえずここから離れないと夫はおさまらないと思いました。そして、金曜日に会社を早退し、私の両親の家に行くことを決めました。そのあと、土曜日に乗るはずだった飛行機とホテルをキャンセルしました。
それを決めて夫は落ち着きましたが、私にはなんとも言えない悲しい気持ちが、残りました。
長くなったので、(2)へ続きます。
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